1月31日 KB会題材

質問事項:
自己、自我、私等の違いについて

背景:
現在、渡辺さんのyoutubeを基本に小乗仏教、大乗仏教、クリシュナムルティ、ベーダンタ、ギーター等を(ある意味適当に)読んでいますと、「自己」「自我」「私」「I」「me」等の似たような言葉の違いが、よく分からなくなってきてしまい、頭の中が混乱しています。
是非整理させてください。

よろしくお願いいたします。

今回、題材が「悩み」ということなので質問させてください。悩みにまつわる「恐怖、不安(心配)、悲しみ」など、以前から抑圧せずに意識をその感情に向けてジッとしている!そうすると消えると動画での説明を解釈しています。ですが、量子力学では、「意識を向けた対象」が現実化(結晶化)すると解説されているようです(いろんな動画やサイトなどでは)。そうすると、この悩みの種となる不安や恐怖に意識を向けていると、消えるが正しいのか?現実化するのが正しいのか?以前から疑問に思っておりました。

1、クリシュナムルティの「愛」についての講話をお願いします。

2、観察者は観察させれるもの

観察されるものが猫の場合
わたしは猫である
で、あってますか?

8、悟り、ということについて。 この自分が悟る、そのことによって今のしょぼい自分ではなくすごい自分になれるのではないか、という期待をする人というのも多いのかな、と感じたりします。

しかし。実際のところ、悟りというのはそういうことではありませんよね。
このあたりについて、説明していただけたらと思います。
(お時間が取れたら、ということです。)

9、色々書きましたが題材としましては、

空が事実なのか
色はこころが作り出したもので事実でないのか
色も事実なのか

と言う事でよろしくお願いします。

10、さて、質問ですが・・・(詰まらなければ無視して頂いて結構です)
人が悟ったとき、そこに主体はあるでしょうか?
理屈で考えていけば、そこに悟った主体(人)はいないことになります。
主体は消え去り、「ただ物事が生起し続けているだけ」となると思います。
「悟りたい」というのは、「出世したい」「お金が欲しい」「良い伴侶が欲しい」などと同じ煩悩の一つでしょう・・・
私は、悟りを否定している訳ではなく、このような心の動き(煩悩)を否定せず、ただただ気付き続けている事が大事だと思うのですが・・・

11、仏性の道理は、仏性は成仏よりさきに具足せるにあらず、成仏よりのちに具足するなり。
仏性かならず成仏と同参するなり。


愚さんは「自我(エゴ)こそが問題だ」「自我からの脱却を目指せ」と仰有います。
そして「自我なき境地」があるかのように仰有います。
でも、それって、自我がなくなったのではなく、自我がなくなったと誤解している境地があるだけではないのですか?

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