出来事と感情ライブ

3日19時からライブやります
https://youtu.be/uqlzNCZejo4

質問

出来事ではなく感情だけを味わう件ですが,私の場合,出来事と感情の分離が難しいようです.
これはよく見ていくと感情が記憶に張りついているように見えます.
記憶は意図的に思い出すこともできますが,自分の意思とは関係なく
(回想する気がないのに)突然出てくるものもあるようです.
感情だけにフォーカスを当てて,そのとき薄まっても,記憶が戻ってくると感情が再発します.
この場合,自我ではなく記憶が感情を引き起こしているよう見えます.
自我も状況を悪化させるが,記憶も状況を悪化させるようです.
残念ながら記憶と自我との関係は私には見えません
(記憶は起こった出来事なので自我とは違うような気がします).
記憶にも意識下に潜っているものもあるのかもしれません.

質問が整理させておらず恐縮ではありますが,
このようなご経験があるようでしたら,是非アドバイスを頂ければ幸いです.

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この記事へのコメント

宮啓
2020年03月03日 21:15
 「出来事に対して抵抗しない。」という言葉が印象に残りました。

 抵抗できると「思考」は思います。

 しかし、思考が不在であれば、・・・自ずと抵抗しないのでしょうね。。

 抵抗できると「思考」が思うのだから。。

 「思考」は、それ自体を守るために、出来事に対して、非難・正当化するようです。

 そして、その非難・正当化が正真正銘であることを印象づけ根拠づけるために、「自我」がないと困るようです。

 吹けば飛ぶような非難・正当化であれば、主張し続けることが難しい。すぐに消え去っている。

 しかし、主張し続ける「私」が非難・正当化しているので、これは正真正銘の力となる。

 「私(自我)」とは水戸黄門の印籠としての力があることを、「思考」は知っているようです。