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この記事へのコメント

宮啓
2020年02月11日 09:48
 動物は本能が主体となって行動します。

 人間は[本能+条件付け]が主体となって行動するように思います。

 そして、[本能+条件付け]=[私]と、このように思い込んでいるようです。

 現在、地球上に[条件付け]が77億パッケージあるとのことです。

 その77億パッケージの一つが「私のもの」と思い込んでいるようです。

 ちなみに、人類の[本能]は地球上に1パッケージしかないようです。ホモサピエンスの[本能]。


 般若心経の言うところの「苦厄」とは、「条件付け」のことかもしれません。。
 
蓮風
2020年02月11日 11:11
こんにちは。

「因・果」がどのように連鎖して、わたしたちを作り出しているか、極力簡略化して図解アニメにしてみました。

中には、これでお分かりになる方もいらっしゃるかと。
分からないかも知れません。
https://www.youtube.com/watch?v=833_2yl9U1k
snow
2020年02月14日 07:35
遠藤誠さんの本、以前、勧めていただいて読みました。
かみ砕いて書かれていてわかりやすいですね。

この世界の成り立ちを言葉で表すなら、「空」の意味するものが適切だな、と思います。
どこにも中心はなく実体もないのですが、それぞれの人がそれぞれ自分のストーリーを生きているんですね。

「空」なんだよ、を知り、そしてストーリーを生きる。
色即是空、空即是色を私はそんなふうに捉えています。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月14日 18:46
>現在、地球上に[条件付け]が77億パッケージあるとのことです

これはおもしろいですね。宇宙という全体が一つあるだけだといわれるが、その時、条件付け宇宙は一つで、77億人はその部分になるのか。それとも一つの真理に対して、77億パッケージの条件付けがあるのか。

みなさんの投稿を読んでいても、考え方は分かれると思い。

わたしはといえば、77億パッケージ派だ。
2020年02月14日 20:05


>カルマ、業、輪廻転生さん
>
>>現在、地球上に[条件付け]が77億パッケージあるとのことです
>
>これはおもしろいですね。宇宙という全体が一つあるだけだといわれるが、その時、条件付け宇宙は一つで、77億人はその部分になるのか。それとも一つの真理に対して、77億パッケージの条件付けがあるのか。
>
>みなさんの投稿を読んでいても、考え方は分かれると思い。
>
>わたしはといえば、77億パッケージ派だ。

一つの宇宙が空、77億のパッケージが色です。同じものです。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月14日 20:44
>愚さん
>一つの宇宙が空、77億のパッケージが色です。同じものです。

一つの宇宙が空なら、この宇宙には条件付けはないですね。
科学の対象になる宇宙ではないですね。
人間の経験世界であるそれぞれのパッケージには、直接、空の論理を当てるklとはできませんね。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月14日 20:46
空は宇宙ではないと思う。77億のパッケージ宇宙があって、それから抽象されたのが宇宙。宇宙も色。
2020年02月14日 23:34


>カルマ、業、輪廻転生さん
>
>>愚さん
>>一つの宇宙が空、77億のパッケージが色です。同じものです。
>
>一つの宇宙が空なら、この宇宙には条件付けはないですね。
>科学の対象になる宇宙ではないですね。
>人間の経験世界であるそれぞれのパッケージには、直接、空の論理を当てるklとはできませんね。

議論はいいとして、あなたの日常は、そのことによって、どうなっています?
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月15日 08:36
因果や縁起は、77億パッケージそれぞれの内部に働くもの。
つまり色だ。

77億パッケージが消えても残る空にも因果が働くのだろうか?
お節介な見物人
2020年02月15日 08:43
 どんな経典であれ公案であれ文字や言葉を使って伝えたい真意は、各人が日々抱いている苦悩から解放されてほしいことのようです。苦悩の原因は「自我さん」が理想としている「こうありたいとしている妄想の世界」と「現実(=事実)の世界」とのギャップから生まれてきているようです。
 妄想の世界が妄想であり現実ではないと当たり前に見抜く他ないようです。我々は妄想の世界が本当にそうあるべき世界と堅く信じていて、現実を妄想に近づける癖があり見抜くことが困難になっているようです。
 親心で言っていることにも耳を貸そうとしない「自分かわいい」という我が出て自己の主張を押し切って引き下がらないのはしかたがありません。しかし、その自己の主張も作られたものですからどうにでも変更したりなくなったりすることのようです。
 自己保身・自己保存は何世代にも渡ってDNAに刻み込まれている。今生で脳の癖を見抜くのは大変な作業となるのは当然のことのようです。

 般若心経は読む人に文字の一々を理解してもらう経なのでしょうか。それとも身心に実体はなく、思い悩むことはないと見性を促すためのものでしょうか。実体がないことを「空」という概念を使っているだけのように思われます。「空」の意味を探し出し自身の概念として使いこなすのが目的なのでしょうか。
 心は働きであってただ「知りたい・知っていたい」ので、出たり消えたりする実体が無い働き。苦はその時々の縁によって発生している無常(=恒常不変でない)で実体のないものでかまってもかまわなくても消え去るようです。10年も前の苦など記憶になければ無いし記憶にあったとしても思い出さなければありません。どんなに苦しくても死によってご破産。綺麗サッパリ霧散してどこにも残りようがありません。魂を頑なに信じている人は持っていると思いこんでいるかも知れませんが・・・。
 生滅している五蘊にはサラサラと何もとどまるところがないのに、面倒なことに記憶に留めて自ら消えないようにして苦しんでいるのが実情のようです。
 他人にこうなってほしいとか、願いが叶ってほしいとかまるで神のように振る舞いたいのは「イカれてる自分である」と認める素直さと勇気が求められます。
 宇宙がどうあるとか宇宙をどのように解釈しても現実(=事実)は時々刻々と変化してとどまることはありません。変化している世界に自己の身勝手な妄想を押しつけようとしても無理なこと。妄想が現実より先回りはできないようです。
 認識したときには結果であり現象は消えているということのようです。音が聞こえたときには発生源の音はありません。見えているものも光を反射しているので脳内の映像は存在していない過去を見ているかもしれません。

「宇宙」という文字を何度見たとしても、「ウチュウ」と何度発音しても同じ文字であり同じ発音ですが、現実(=事実)の「宇宙」はまったく同じ「宇宙」は二度と現れることがない。完璧に消え去って完璧に別の宇宙と出会っている。

勝手なお節介ですのでコメント不要です。
2020年02月15日 09:19


>カルマ、業、輪廻転生さん
>
>因果や縁起は、77億パッケージそれぞれの内部に働くもの。
>つまり色だ。
>
>77億パッケージが消えても残る空にも因果が働くのだろうか?

空だから因果があるんです。空と因果は同じことなんです。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月15日 10:02
実体がないというお決まりフレーズでわかったつもりになる人が多すぎる。

で、コメント不要といいながら、長々とお説教コメントを得々と垂れてくる。
自我が強すぎる。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月15日 10:08
条件付けの77パッケージがあっても、人はパッケージとしては一つしか体験できない、どんな人間でもこの条件は同じだと理解できれば、これほど気楽なことはない。自分の1パッケージ以外の約77パッケージに対しても寛容になれる。

それと同時に、自分の1パッケージに対する自己責任の覚悟も生まれてくる。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月15日 10:10
77じゃなくて77億パッケージでした。訂正。仕組みは同じですが。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月15日 10:14
>愚さん
>空だから因果があるんです。空と因果は同じことです。

空と同じ領域に因果が働いているから、二つは同じに見えるのであって、厳密に見れば空と因果は別だと思います。
お節介な見物人
2020年02月15日 12:00
カルマ、業、輪廻転生さんへ

>自我が強すぎる。

そのままお返しいたします。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月15日 12:41
条件付けの1パッケージは、77億分の1じゃない。
その意味で全体性そのもの。

77億パッケージが全てそういう構造をしている。

どんな天才、智者、聖者であっても1パッケージの外には出れない。色としては。
snow
2020年02月15日 12:57
皆様は、宇宙ってなぜあるんだろう?と、考えたことないですか?
仕組みや成り立ちではなく、なぜあるんだろう? です。
これ、わからないですよね。
宇宙から出て、宇宙を「あ、たしかにあった。」と観た人もいないし。
ある、ということで当然のように暮らしているのですが、ほんとに宇宙があるかどうかって実は誰にもわからないのではないかと。
このようなことを考えると、絶対にわからなそうなのに考えてみたくなります。

宇宙なんである? ほんとにある? というのと、生きている様々が共存していると思うと、おもしろいです。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月15日 13:54
77億パッケージ、基本としてはすべて同じ構造をしているとしても、その条件付けをどれだけ深く精妙に意識して、超越の意志をもてるかは千差万別だ。

カルマ、業、輪廻転生
2020年02月15日 19:04
意志の語に仏教としての違和感を感じるとしたら、感じる方がおかしいのですよ。

アビダンマの基本体系では、どんな心にもベースとして必ず働いている心理的要素として、共一切心心所を取り上げる。
それには7つある。触、受、想、志、一境性、命根、作意。

このうちの志、パーリ語ではチェータナーが、意志という日本語にぴったりな要素といえる。

心としてある限り、心として働いている限り、少なくとも潜在的には意志があるのです。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月16日 13:20
パソコンと自分が一体、同じ、イコールというのは、パソコンを超えてすべての事象や大自然と一つというのは、あくまで自分という条件付け1パッケージに即してだ。77億のそれぞれのパッケージがそういう構造をしているのだが、気づく人がごくごく一部というだけでしょう。

これは空の話ではない。この点を誤解して、空というと全体的な真理にアタマを下げたり、感極まって涙を流したり、個を全体に溶け込ませたりのことだとしてしまう・・・

空とは77億パッケージが生起しているその処。77億パッケージをそのままでポジティブ評価して受け入れることではない。
地球人
2020年02月16日 13:27
宇宙は一つ

粒子は自我
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月16日 14:28
一つの風景、一枚の絵があって、それを見ている多くの人間は実はその中に組み込まれて一つになっている。こういう捉え方をしている人が少なくないのかもしれないが、違うと思う。

人間ごとに風景や絵、写真は違う。77億パッケージと称される所以だ。

もちろん空は一つ、というか数はなく同一というべきだが。
蓮風
2020年02月16日 15:37
写真って(アナログでもデジタルでも)『現像』しているんですよね。
デジタルだと、撮った直後に見られるから誤解する向きも多いのでしょうが、あれは(一次の)加工編集済みで。

(視覚による)認知過程を経ずした認識などあり得ない、ということで。

平等即差別、差別即平等。
一切皆空、即、千差万別。
独立不羈。

平等相と差別相の円融にこそ真骨頂があると。
蓮風
2020年02月16日 15:38
認知というフィルターを通さぬ認識など存在し得ない。
蓮風
2020年02月16日 21:06
ありのまま、だと思って見聞きし感じているものは、その時点ですでにフィルターを通している。
蓮風
2020年02月17日 09:38
『見る』という視線の権力性、『視界』というパースペクティヴの構造性に鈍感な、「ありのまま」に見ること、在ることができる、というのは、きわめて素朴な認識で、そんな短絡ができることがうらやましい。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月17日 17:00
意識すること、意識そのもの。これと意識の内容は、原理上、分けることができる。

意識そのものが、空。意識の内容が色。

条件付けの77億パッケージは、当然、色のことです。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月17日 17:08
条件付けの77億パッケージがなぜそうなるかというと、物理空間の現象世界に生きる個体は何にもわからない、暗闇を灯りなしに進む半盲人のようなものだから。個体は自分の外のことは、大海の一滴ほども分からない。辛うじて分かるはずの自分についても、過去と未来についてはほとんど妄想で歪めてしまっている。現在この瞬間にも落ち着けないとなれば、現象世界のことはほとんど何も分からないに等しい。

結果、現象の意味は主観的な投影に限りなく接近する。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月17日 21:07
この原理がわかると、他人からバカヤローなどといわれても何とも思わなくなる。

他人は一つのパッケージの中で自己投影をしているだけであって、この私のことはほとんど何もしらない、わからない。

バカヤロー以外のいかなる否定発言でも変わりはない。
2020年02月17日 21:27


>カルマ、業、輪廻転生さん
>
>この原理がわかると、他人からバカヤローなどといわれても何とも思わなくなる。
>
>他人は一つのパッケージの中で自己投影をしているだけであって、この私のことはほとんど何もしらない、わからない。
>
>バカヤロー以外のいかなる否定発言でも変わりはない。

理屈はそうですが、日常生活で、うまくいきます?
たーぼー
2020年02月18日 01:47
>みなさんの投稿を読んでいても、考え方は分かれると思い。

わたしはといえば、77億パッケージ派だ。


カルマさん、こんばんは。
私も77億パッケージ派です。
ただそれはもう、ありのままの事実ではないとも思います。
自分が死んだもこの世は存続するのかと同じで、もう推察が入っていると思います。
ただ推察するに意見は同じです。
たーぼー
2020年02月18日 01:50
理屈はそうですが、日常生活で、うまくいきます?



いかないね。やっぱ腹を立ててしまいます(笑
たーぼー
2020年02月18日 02:04
物理空間の現象世界に生きる個体は何にもわからない、暗闇を灯りなしに進む半盲人のようなものだから。個体は自分の外のことは、大海の一滴ほども分からない


この感覚は無字の公案派には理解出来ないとこだと思います。
ただ私は最近すくずく思うのは、理法に対する拘りが自分に残る最後の拘り(自我)だと思うんです。私はこれ完全に落ちました。あ、あと性欲とかはありますけど(笑
以前は随分愚さんとは理法が違うから反発してたんだけど、もう最近は何とも思わなくなりました。西から行くか東から行くかの違いでしかないですね。
たーぼー
2020年02月18日 02:12
実体がないというお決まりフレーズでわかったつもりになる人が多すぎる。


これも言いたいことは、よく分かるんです。私は。でも無字の公案派には分からないです。こういう事で以前は嘘だとか揉めてたわけ(笑 これ自体が我だという事にやっと気付きました
みゅう
2020年02月18日 07:05
蓮風さん

面白いです。

>認知というフィルターを通さぬ認識など存在し得ない。
>ありのまま、だと思って見聞きし感じているものは、その時点ですでに
>フィルターを通している。

 認知というフィルターを通るのは一つの感覚器官からの情報だけではなくいくつもの感覚器官から、さらに直前にそのフィルター自身を通って加工された情報も含まれる。
 認識という働きにおいてはいくつもの認知の働きで加工された情報と過去の認識の産物、すなわち記憶からの情報を取り入れ加工して外部に報告可能な情報を作り出す。
 以上、蓮風さんの因果の図解アニメから学びました。さらに

 このコースに沿って、認識に基づいた行動によって外部に加えられた変化を感覚でとらえてその情報を本質的には違いのない認知とか認識作用で加工して、、、

 因果って、頭の中(この表現すっきりしないのですが)にあるのではないでしょうか

>『見る』という視線の権力性、『視界』というパースペクティヴの構造性に鈍感な、「ありのまま」に見ること、在ることができる、というのは、きわめて素朴な認識で、そんな短絡ができることがうらやましい。

 素朴な認識で、そんな短絡だから色々あって選べて使えるとも言えます。複雑で正確だったら使いにくいし一つしかないはずだから選べない。
 そんなポンコツモデルで偶然うまくいって喜んだりたり失敗して苦しんだりするのが人間的で楽しい。ダメかなあ。
 

蓮風
2020年02月18日 09:38
> みゅうさん

こういう、『バインディング周波数』についての論文を読むと、なにか示唆的なものがあるかも知れません。
https://cogpsy.let.hokudai.ac.jp/~f209/AandC/14/6_KanayaEtal.pdf


まあ、ポンコツ人生、お互い、がんばるしかありませんね。 (^-^;)ゞ
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月18日 15:55
>愚さん
>理屈はそうですが、日常生活で、うまくいきます?

驚くほどラクになります。何か科学的な定理を理解したら、それに関しては霧が晴れるように見通しがよくなる。それと同じです。
すべての人間は自らの投影物相手にひとり相撲を取っているようなものだという原理を本当に理解すれば、日常生活がラクにならないわけがない。理屈でわかったつもりでもピンとこないのであれば、本当の意味ではこの原理を理解していないのだと思います。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月18日 16:10
>たーぼーさん
>ただ私は最近すくずく思うのは、理法に対する拘りが自分に残る最後の拘り(自我)だと思うんです。私はこれ完全に落ちました。

それはすばらしいことです。財産や性欲、名誉などへの執着、貪りは、見解への執着に比べれば大したことではないといわれます。
それくらい自分の見解が正しいものであることに、人間は強烈な執着をもってしまう。

ネットで文章の書き込みを行う人たちをみても、ほとんどの人はガチガチに固まっています。自分が正しくて、相手は間違っている、その見解を手放せる人はほとんど皆無です。

わたしはといえば、見解への拘りは多少はあるにしても、議論するためにここに来ているわけではなく、文章を書くことによる気づき、発見を重視しています。

>あと性欲とかはありますけど

悟れるのは性欲があるうちでしょう。彼尽くしてからでは遅いかな。性欲を昇華、転用しなければ圧倒的な悟りはないと思います。中国仏教や日本大乗仏教はこの点、非常に弱い。
2020年02月18日 17:01


>たーぼーさん
>
>理屈はそうですが、日常生活で、うまくいきます?
>
>
>
>いかないね。やっぱ腹を立ててしまいます(笑

そうなんです。だから、なぜ腹を立ててはいけないのか?と考えるわけです・・・・・
2020年02月18日 17:15


>カルマ、業、輪廻転生さん
>
>>愚さん
>>理屈はそうですが、日常生活で、うまくいきます?
>
>驚くほどラクになります。何か科学的な定理を理解したら、それに関しては霧が晴れるように見通しがよくなる。それと同じです。
>すべての人間は自らの投影物相手にひとり相撲を取っているようなものだという原理を本当に理解すれば、日常生活がラクにならないわけがない。理屈でわかったつもりでもピンとこないのであれば、本当の意味ではこの原理を理解していないのだと思います。

それはすばらしいです。尊敬します・・・・
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月18日 20:02
科学はすばらしいものだが、科学と仏教の違いをはっきりさせておくのがいいと思う。
科学も仏教も経験的事実・現象を重視するが、その意味は全く違う。

仏教は、現象それ自体を探求するのではなく、現象が感覚器官を通して人間の心に触れた時に起こる反応がテーマ。現象それ自体の科学的な解明は本来どうでもいい。心の反応がアルファにしてオメガ。

科学教と仏教は別もの。
散歩好き
2020年02月18日 20:42
カルマ、業、輪廻転生さん

>すべての人間は自らの投影物相手にひとり相撲を取っているようなものだという原理を本当に理解すれば、日常生活がラクにならないわけがない。理屈でわかったつもりでもピンとこないのであれば、本当の意味ではこの原理を理解していないのだと思います。
----
「自らの投影物」とは現実に起こっている現象に対して心の反応のアルファでありオメガ。勝手に湧き起こる妄想(こうすべき・こうありたい)のようなもの。この妄想を実現したい思いのようなものですか?
2020年02月18日 21:31


>カルマ、業、輪廻転生さん
>
>科学はすばらしいものだが、科学と仏教の違いをはっきりさせておくのがいいと思う。
>科学も仏教も経験的事実・現象を重視するが、その意味は全く違う。
>
>仏教は、現象それ自体を探求するのではなく、現象が感覚器官を通して人間の心に触れた時に起こる反応がテーマ。現象それ自体の科学的な解明は本来どうでもいい。心の反応がアルファにしてオメガ。
>
>科学教と仏教は別もの。

自我が存在できない、また、真の自己について知っていることはすべて間違いであり、真の自己は知ることができない、といったことは、簡単な思考実験でわかります。

だから、小学校で論理的に教えられるものです。ニュートンの引力の法則は常識です。慣性の法則は常識です。同様に、いつか自我の不在も常識になります。

それが常識にならないのは、教師が、そう思えないからです。それだけのことです。

そうだ・・・・この思考実験をYOUTUBEでやりましょうかね・・・・
みゅう
2020年02月19日 07:21
蓮風さん

 文献の紹介ありがとうございます。学ぶところが多いと思います。

 いま、あ さんに紹介していただいた神経科学者リベットのマインドタイムで苦闘しているところですが、それによると感覚が意識を伴う経験になるのに0.5秒かかる!!ことが実験で示されるそうです。
 
 その0.5秒間、何しているのでしょう。
 
 脳細胞の興奮のパルスはほかの感覚領域や記憶を担う領域や計算領域を駆け巡って情報を集め調整し加工し仕上げに時計を0.5秒まきもどして、、、意識を伴う経験の必要条件

 「ありのまま」?

>まあ、ポンコツ人生、お互い、がんばるしかありませんね。

 まあ、無理せず、というかできないですが、とりあえずエールを
返します。

オー  ぼちぼち行くぞー 

 
蓮風
2020年02月19日 12:51
無意識下で考えているのを統合する時間とか、「神」がわざと自我による判断をお試しになっているとか。


すんまそん、妄想です。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月19日 19:57
一流のシェイクスピア俳優がリア王を演じたときの話し。
あまりも真に迫った天才的な演技で来る日も来る日もリア王を演じたので、この俳優はリア王の苦悩をそのまま生きることになって、人生に絶望してしまった。

ところがある日、自分はリア王でも何でもなく、俳優某であることに気づいて、リア王の苦悩から完全に解放された!

この譬え話が示しているのは、俳優某の意識→空意識
リア王の意識→色意識。

77億パッケージというのは、いうまでもなくリア王の意識。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月20日 08:23
科学は、リア王の舞台が展開される世界で行なわれる。時間と空間のフレームで物質現象を観測する。色です。

仏教の中心は空であって、科学では空はわからない。

俳優某の意識→空意識

彼が演じたリア王の意識→色意識

カルマ、業、輪廻転生
2020年02月20日 08:25
空である俳優某の意識は、絶対的主体性、自由意志。
カルマ、業、輪廻転生
2020年02月20日 08:40
リア王一人じゃなく、77億人全員をそれぞれ同一の俳優某が演じているわけだ。俳優某の本人意識に目覚める人がどれだけいるかわからないが。

カルマ、業、輪廻転生
2020年02月22日 12:51
悟りといってもポイントは二つ。これしかない。

俳優本人の意識に目覚めることと、役柄意識への執着から自由に解放されること。

ほとんどの人は、俳優本人の意識を一瞥して掠っても、元の役柄への執着はそのまんまで終わることが多い。
2020年02月23日 00:23


>カルマ、業、輪廻転生さん
>
>悟りといってもポイントは二つ。これしかない。
>
>俳優本人の意識に目覚めることと、役柄意識への執着から自由に解放されること。
>
それから先は、どうなります?
>ほとんどの人は、俳優本人の意識を一瞥して掠っても、元の役柄への執着はそのまんまで終わることが多い。