本日26日19時よりライブします・・・・非風非幡

みなさま
お世話になります

本日26日、19時よりライブやります。

https://youtu.be/QGHytch5ANk

よろしかったら参加してください

https://www.saikoji.net/houwa/howa0904.html

話--平成21年4月--
こころ(10)-- 非風非幡非心--
無門関第二十九則 「非風非幡」(ひふうひばん)
動いているのは幡(はた)でも風でもなく、それを見ている人の心だという、前回に引き続き"心の実体"に挑む公案です。

本則
六祖、因(ちなみ)に風刹幡(せっぱん)をあぐ。
二僧有り対論す。
一(ひとり)は云く、幡動くと、一は云く、風動くと。
往復して曾(かっ)て未だ理に契(かな)わず。
祖云く、是れ風の動くにあらず、是れ幡の動くにあらず、仁者が心動くのみ。
二僧悚然(しょうぜん)たり。
「六祖」とは達磨大師を初祖としてその第六番目の祖師という意味であり、大鑑慧能(だいかんえのう)禅師のことです。
唐の時代、禅宗の黄金時代を築いた第一人者であり、まさに禅宗の中興の祖とも云うべきお方です。

刹幡(せっぱん)とは、寺で説法をする印に掲げる旗のことです。
その幡を風が吹き上げていました。
これを見ていた二人の若い僧が議論を始めました。
一人は「幡が動いている」と言い、もう一人は「イヤ風が動いているのだ」と言って互いに譲りません。
その遣り取りを見かねた六祖は「幡が動くのでも、風が動くのでもない。お前さん方の心が動くのだ。」と言い放しました。その若い二人の坊さんは身震いしました。

以上が本則の内容ですが、常識から言えば風が動くから幡が動くのであり、それを己の心が動いているから幡も風も動くのだという、その真意とは一体何でしょう。

結論を言ってしまえば、幡と風と心の実体が"一つのもの"だということです。
しかしそれは机上の理論であり、机上の理論では答えにはなりません。
以前から言っているように理論上の理解は絵に描いた餅です。
本物を味わうには理論を超えた"実物"を会得するしかないのです。
そのために必要なのが"証明"です。
公案の意味合いはまさにここにこそあるのです。

公案はすべてそうですが、狙いは「三界唯一心」「心外無別法」という理論の"証明"です。
宇宙の真理も仏法も、理論は単なる知識です。知識は分別です。
分別は妄像ですから、その一切の分別妄想を断ち切るための証明が必要なのです

今回の公案で言えば、幡と風と心の実体は一如であるということの証明です。
すなわちこの三者間にある一切の対立観念を完全に払拭するための証明です。
室に於いては「作用」を以て証明しますが、さあ、あなたならこの公案をどう作用しますか? 作用の仕方は「達磨安心」のところで私が示した通りです。
ヒントはそれで十分でしょう。
渡辺 充

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