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この記事へのコメント

2020年02月12日 16:32
リンクが違ってます^_^
2020年02月12日 18:21
「三界は虚妄にして但だ是れ心の作なり。」

三界は欲界、色界、無色界のこと、つまり迷いの世界・・^^

愚さんが言ってた抽象化された迷いの世界なんだと・・^^

自我という抽象化された目で見ていれば迷うのも当然やな・・^^

2020年02月12日 19:08
唯心縁起

『華厳経』十地品で説かれている縁起の考え方です。
有形・無形を問わずこの世界に存在する全てのものは一心の縁起によって現れたものである

一心の縁起・・・^^
Village beside a mountain stream
2020年02月12日 23:02
わざわざ動画で答えて下さってありがとうございます。長い名前で申し訳ございません。このVillage beside a mountain streamという名は私の本名の漢字から文字遊びで作ったもので、今思うと人が呼びにくい長い名前だな、と反省しております。Villageとお呼びください。

 私も論理学を自分なりに勉強していく中で、その一冊として野矢さんの『論理学』を読みました(公理系を自分で作ってみる所で面倒になって、いろんな他の教科書に浮気して、結局深く論理学をものにするところまではいきませんしたが……)。

 今日一番勉強になったのは動画の20分頃~「我々は現象世界を今見ているのであって、現象世界以外を見ていない。存在の根源は見ることができない。誰も見ることができない。現実世界が神であり、如来であり、ブラフマンなのだ......。」の所です。どうやら私は非常に大きな誤解をしているのだな、と理解できました。ここが私が誤解しているところなのだ、と今日はじめてハッキリしました。本を読んでいただけではここに気づくことは至難の業でした。非常に大きな収穫でした。しかし、そのように頭で気づいたからといって、体では理解していません。頭でっかちなところが自分にはありますから、そこを何とかして渡辺さんの仰ったことを納得したいと思いました。もう少し、具体的に自分の現在の場所から、現在の状況から、現在の苦しみから、現在の悩みから、地に足をつけながら、頭は明晰に保ちつつ、今の”ここ”から始めることが大事なのですね。生来の頭でっかちと頑固さ故に、どうしても先ず抽象的に考えなければ気が済まない質(たち)ですので、困っているのですが、その癖(私の数ある思考の条件付けの内の一つなのでしょう)と上手く付き合っていく方法を模索していきたいと思います。

 私は、渡辺さんが仰るように、所謂悟った人に、そして神、如来等々に何か神秘的なものを重ねてしまっています。と言いましても、生噛りの知識は持っていますから、それらはなんら神秘的ではないということを知識では知っています。しかし、自我が在るような感じは抜けませんし、私はコップであるとは、なんとも奇妙に思われてしまいますし、この世界がそのまま神であるとはなんとも不可思議に思われますから、このような神秘化は間違いであるにしても自分がなにも分かっていないのに分かっていると嘘はつきたくないものですから、とりあえず神秘的に思われるという態度をとっています。



 現代の哲学者の多く(私の一方的な感想ですが)は渡辺さんのようには言いません。もちろん彼らは宗教家ではありませんし、仕事の都合もあるでしょうから彼らにしても色々言い分はあるのでしょう。それは十分承知しているつもりなのですが、どうも私は哲学者に不満なのです。色々手あたり次第読むのですが、彼ら哲学者は渡辺さんの言うように問題はシンプルで、論理的で、原理的に実践的に解決可能とは言いません。色々と概念をこねくり回していますが、結局のところは「哲学は救済のためにあるのではない。問題解決などない、問題と一生共に生き、死んでいくのみであり、確かなことは本当のところは分からない、しかし私は考え続けるし、とにかく色々書いてみる」と言っているように思われます。彼ら(私が念頭に置く哲学者)は渡辺さんや、渡辺さんと同様のことを言う人を神秘主義者と呼ぶのではないかと思います。
 勿論、先ずは自分の問題なのだから彼らなどどうでもよいというのが正しいのでしょうけれども、もし偉大な過去の哲学者、宗教者が本質的には同じことを言っているのだとしますと、私が上に述べてたような哲学者は何なのか、と考えてしまいます。
 私は仏教からではなく、どちらかというと西洋哲学から迷いに目覚めたのもありまして、彼らの言っていることが無視できません。
 もし渡辺さんの言っていることが正しいのならば(私は正しいだろうと思っているのですが)、彼ら哲学者の考えは論理的に、実践的に間違っているのであり、いらぬ混乱をまき散らしていることになります。
 
 渡辺さんのようなことを仰る人は本当に少ないと思います。そして渡辺さんのように論理的に述べてくれる方はもっと少ないと思います。「信仰さえあればよい」とか、「考えるな、理性の力など大したことはない、ただ任せよ」とか、「真理は言葉に述べることができない。それゆえ、語ることはできない」とかをためらいなく言われたり、分からないやつは分からなくてもよいという態度をとられたりすると非常に宗教に対して不信感を持ち、反感さえ覚えるのですが、渡辺さんのように語れる所は論理的に、語れない所はこのように語れないと言っていただけると無理なく話を聞くことができます。
 このように論理的に宗教、哲学の根本を述べておられることに対する需要は数としては少ないかもしれませんが、確実にあるように思われます。私のような新参者がこれからもこのKB会を発見するような気がします。


 またしても長々と書いてしまいました。このブログの過去の記事を読むことをまだしておりませんので、とりあえず読める限り読んで勉強いたします。

 私は地方の田舎に住んでいますので、KB会に直接行くことはないと思いますが、これからも動画で勉強させていただきます。また質問があったら遠慮なく書かせていただくことにしますので、その時(質問したいと思ったときその時)は何卒よろしくお願いします。
過去の記事でキリスト教の話やエックハルトの話をされていたのを読みました。私はキリスト教徒でもなく改宗するつもりも今のところ全くありませんが、アウグスティヌスの言葉を引用して終わりにします。どうもありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。

『主よ、どうか私に、知らせ悟らしめたまえ。あなたを呼びもとめることと、讃えることと、いずれが先であるかを。しかし、知ることなしに、だれがあなたを呼び求めることができましょう。知らないならば、別の者をそれと思って呼びもとめるかもしれません。それともあなたは、まさに知られるためにこそ、呼びもとめられるのでしょうか。それにしても、まだ信じていない者を、どうして呼びもとめることができましょう。また、宣べる者なしに、どうして信じることができましょう。まことに、主をたずねる者こそは、主を讃えるでありましょう。たずねる者は見いだし、見いだす者は主を讃えるでしょうから。
 主よ、あなたを呼びもとめながらたずね、信じながら呼びもとめたい……」
  『告白』第一巻、第一章
2020年02月13日 00:09


>Village beside a mountain streamさん
>
>わざわざ動画で答えて下さってありがとうございます。長い名前で申し訳ございません。このVillage beside a mountain streamという名は私の本名の漢字から文字遊びで作ったもので、今思うと人が呼びにくい長い名前だな、と反省しております。Villageとお呼びください。
>
> 私も論理学を自分なりに勉強していく中で、その一冊として野矢さんの『論理学』を読みました(公理系を自分で作ってみる所で面倒になって、いろんな他の教科書に浮気して、結局深く論理学をものにするところまではいきませんしたが……)。
>
> 今日一番勉強になったのは動画の20分頃~「我々は現象世界を今見ているのであって、現象世界以外を見ていない。存在の根源は見ることができない。誰も見ることができない。現実世界が神であり、如来であり、ブラフマンなのだ......。」の所です。どうやら私は非常に大きな誤解をしているのだな、と理解できました。ここが私が誤解しているところなのだ、と今日はじめてハッキリしました。本を読んでいただけではここに気づくことは至難の業でした。非常に大きな収穫でした。しかし、そのように頭で気づいたからといって、体では理解していません。頭でっかちなところが自分にはありますから、そこを何とかして渡辺さんの仰ったことを納得したいと思いました。もう少し、具体的に自分の現在の場所から、現在の状況から、現在の苦しみから、現在の悩みから、地に足をつけながら、頭は明晰に保ちつつ、今の”ここ”から始めることが大事なのですね。生来の頭でっかちと頑固さ故に、どうしても先ず抽象的に考えなければ気が済まない質(たち)ですので、困っているのですが、その癖(私の数ある思考の条件付けの内の一つなのでしょう)と上手く付き合っていく方法を模索していきたいと思います。
>
> 私は、渡辺さんが仰るように、所謂悟った人に、そして神、如来等々に何か神秘的なものを重ねてしまっています。と言いましても、生噛りの知識は持っていますから、それらはなんら神秘的ではないということを知識では知っています。しかし、自我が在るような感じは抜けませんし、私はコップであるとは、なんとも奇妙に思われてしまいますし、この世界がそのまま神であるとはなんとも不可思議に思われますから、このような神秘化は間違いであるにしても自分がなにも分かっていないのに分かっていると嘘はつきたくないものですから、とりあえず神秘的に思われるという態度をとっています。
>
>
>
> 現代の哲学者の多く(私の一方的な感想ですが)は渡辺さんのようには言いません。もちろん彼らは宗教家ではありませんし、仕事の都合もあるでしょうから彼らにしても色々言い分はあるのでしょう。それは十分承知しているつもりなのですが、どうも私は哲学者に不満なのです。色々手あたり次第読むのですが、彼ら哲学者は渡辺さんの言うように問題はシンプルで、論理的で、原理的に実践的に解決可能とは言いません。色々と概念をこねくり回していますが、結局のところは「哲学は救済のためにあるのではない。問題解決などない、問題と一生共に生き、死んでいくのみであり、確かなことは本当のところは分からない、しかし私は考え続けるし、とにかく色々書いてみる」と言っているように思われます。彼ら(私が念頭に置く哲学者)は渡辺さんや、渡辺さんと同様のことを言う人を神秘主義者と呼ぶのではないかと思います。
> 勿論、先ずは自分の問題なのだから彼らなどどうでもよいというのが正しいのでしょうけれども、もし偉大な過去の哲学者、宗教者が本質的には同じことを言っているのだとしますと、私が上に述べてたような哲学者は何なのか、と考えてしまいます。
> 私は仏教からではなく、どちらかというと西洋哲学から迷いに目覚めたのもありまして、彼らの言っていることが無視できません。
> もし渡辺さんの言っていることが正しいのならば(私は正しいだろうと思っているのですが)、彼ら哲学者の考えは論理的に、実践的に間違っているのであり、いらぬ混乱をまき散らしていることになります。
> 
> 渡辺さんのようなことを仰る人は本当に少ないと思います。そして渡辺さんのように論理的に述べてくれる方はもっと少ないと思います。「信仰さえあればよい」とか、「考えるな、理性の力など大したことはない、ただ任せよ」とか、「真理は言葉に述べることができない。それゆえ、語ることはできない」とかをためらいなく言われたり、分からないやつは分からなくてもよいという態度をとられたりすると非常に宗教に対して不信感を持ち、反感さえ覚えるのですが、渡辺さんのように語れる所は論理的に、語れない所はこのように語れないと言っていただけると無理なく話を聞くことができます。
> このように論理的に宗教、哲学の根本を述べておられることに対する需要は数としては少ないかもしれませんが、確実にあるように思われます。私のような新参者がこれからもこのKB会を発見するような気がします。
>
>
> またしても長々と書いてしまいました。このブログの過去の記事を読むことをまだしておりませんので、とりあえず読める限り読んで勉強いたします。
>
> 私は地方の田舎に住んでいますので、KB会に直接行くことはないと思いますが、これからも動画で勉強させていただきます。また質問があったら遠慮なく書かせていただくことにしますので、その時(質問したいと思ったときその時)は何卒よろしくお願いします。
>過去の記事でキリスト教の話やエックハルトの話をされていたのを読みました。私はキリスト教徒でもなく改宗するつもりも今のところ全くありませんが、アウグスティヌスの言葉を引用して終わりにします。どうもありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。
>
>『主よ、どうか私に、知らせ悟らしめたまえ。あなたを呼びもとめることと、讃えることと、いずれが先であるかを。しかし、知ることなしに、だれがあなたを呼び求めることができましょう。知らないならば、別の者をそれと思って呼びもとめるかもしれません。それともあなたは、まさに知られるためにこそ、呼びもとめられるのでしょうか。それにしても、まだ信じていない者を、どうして呼びもとめることができましょう。また、宣べる者なしに、どうして信じることができましょう。まことに、主をたずねる者こそは、主を讃えるでありましょう。たずねる者は見いだし、見いだす者は主を讃えるでしょうから。
> 主よ、あなたを呼びもとめながらたずね、信じながら呼びもとめたい……」
>  『告白』第一巻、第一章
>
なんかお役に立てたようで、うれしいです。

ところで、ケン・ウィルバーとか、ラマナ・マハリシとか、読まれたことあります?

そうそう「時間の終焉」、読まれました?もし、なければ、ご住所を教えていただければ、お送りします。よろしければ、メールください。
mitsuruchanアットマークmti.biglobe.ne.jp

野矢さんとは、来月、禅の関係での会で、ご一緒する予定なので、そのとき、ご挨拶しようと思っています。

自我の問題は、人生の最大の、最強の問題です。この敵はとんでもなくタフですが、かならず勝てます。

論理は強力な武器です。論理で真理に到達することはできませんんが・・・・これは当たり前です、暑い、寒いということさえ論理的に説明できませんから・・・・かなり近くまで行けます。

論理は、常識・偏見を超えていきます。そして、精神の静謐さの必要性がわかります。

これが納得いけば、静謐がおのずからやってきます。
論理によって、論理を超えます。

このとき、真理が開示されます。

まあ、言葉にすると仰々しいですが、軽いタッチで問い続けることだと思うのです・・・・

なにか、問いがあれば、どうぞ、ご遠慮なく・・・・うまく対応できるかどうかわかりませんが、お役に立てば、すごくうれしいです。





2020年02月13日 00:15


>あさん
>
>「三界は虚妄にして但だ是れ心の作なり。」
>
>三界は欲界、色界、無色界のこと、つまり迷いの世界・・^^
>
>愚さんが言ってた抽象化された迷いの世界なんだと・・^^
>
>自我という抽象化された目で見ていれば迷うのも当然やな・・^^
>
そこで、あきらめちゃ、ダメですよ
2020年02月13日 03:53
逆に抽象化された世界で苦楽を味わえる楽しさがあるかもしれない^_^

泣いたり笑ったり^_^

現象の世界、抽象の世界どちらに住むのか^_^

現象の世界の方が楽なんだけれどもね^_^

と変な想念が湧いてきた^_^
2020年02月13日 07:37
宝くじが1億円当たったとして^_^

抽象の世界^_^
やったあ^_^
うわぁああああああああああああー^_^

現象の世界
うん?
何も起きてはいない^_^

とこうなる^_^
宮啓
2020年02月13日 09:58
 昨晩、動画拝聴しました。

 すぐにコメントを書こうとしたのですが、どこに書いてよいのか分からず・・、今、ここに書きたいと思います。


 此岸と彼岸、本国ではしばしば目にしたり耳にしたりすることは珍しくないように思われます。

 しかし、これらは想像の世界、あるいは創造の世界、超自然的世界、形而上学の世界として、一般的には認知されているように思われます。

 本物の霊能者や、悟りを開いた僧侶など、特別の人しか知り得ない、雲の上の存在、あるいはまったくの虚構。。


 しかし、愚さんは、これをとても分かりやすく示してくれるので、とても身近なことであることが理解できます。

 何年も前から、KB会の動画を見ているのですが・・、年を経るとともに、次第に、説明が具体的で真に迫ってくるように感じられます。


 これからもよろしくお願いします。応援しています。。
レゾンデートル
2020年02月13日 15:22
>現象の世界、抽象の世界どちらに住むのか^_^

>現象の世界の方が楽なんだけれどもね^_^

現象の世界とは何ですか?
レゾンデートル
2020年02月13日 16:00
一時間も見ないと分からないかね。
レゾンデートル
2020年02月13日 16:12
「わたしの眼前で家族が殺された。」は現象か?
2020年02月13日 16:30
有為の世界やな^_^
レゾンデートル
2020年02月13日 16:42
>有為の世界やな^_^

人間も仮象だな。

あんたは何ものか?
2020年02月13日 16:48
地球人さんが詳しいで^_^

ほなさいなら^_^
レゾンデートル
2020年02月13日 16:54
仏は仮象だろう。
地球人
2020年02月13日 17:03
神も仏も後付けです。
タキ衛門
2020年02月13日 18:44
>野矢さんとは、来月、禅の関係での会で、ご一緒する予定

 以前、野矢教授に、KBで渡辺さんと対談しませんかと打診した所、Youtubeに出るのはヤダという事でお流れになりました。
宮啓
2020年02月13日 19:04
 現象世界を抽象化することが条件付けであったのですね。

 クリシュナムルティはよく、「マイクという言葉はマイクではない」。。と、当然すぎることを述べますが、その陳述の中に条件付けが含意されていることが分かりました。

 私たちは抽象化は、現実に即している実物にとても近いものだと確信しています。

 しかし、そうでしょうか・・?とクリシュナムルティは問いかけるのですね。

 例えば、仮に、もしも人類が視知覚という感覚がない生命体であったとします。

 現象世界を抽象するときに視知覚情報なしに抽象化して認知します。

 すると、新垣結衣はただのお姉さんとして抽象化されることになります。

 そして、その抽象化は現実に即した実物にとても近い認識であると確信することになります。

 これと同じく、聴覚なしには、松任谷由実はただのおばさんとして知覚(抽象化)されます。

 つまり、五感がすべて揃っているとしても、現象世界はこの五感を超える現象であるならば、いかに完璧に抽象化しても、どこかが抜けている、一つでも抜けているならば、新垣結衣や松任谷由実の抽象化の例のように、とんでもない、真価を見失う認識をしているということがありうるということのように思います。

 この真価を見失う認識というのは、ふっと目に入った夕日の真価を、次に見たときには失われている、呼び戻そうとしてもできない・・、そのような実体験からも当を得た事実として大いにありうることかもしれません。

 まとめてみると。
 「あなたは、盲目の人が新垣結衣を認識するがごとく、目の前の現象を認識している」。
2020年02月13日 20:05


>宮啓さん
>
> 昨晩、動画拝聴しました。
>
> すぐにコメントを書こうとしたのですが、どこに書いてよいのか分からず・・、今、ここに書きたいと思います。
>
>
> 此岸と彼岸、本国ではしばしば目にしたり耳にしたりすることは珍しくないように思われます。
>
> しかし、これらは想像の世界、あるいは創造の世界、超自然的世界、形而上学の世界として、一般的には認知されているように思われます。
>
> 本物の霊能者や、悟りを開いた僧侶など、特別の人しか知り得ない、雲の上の存在、あるいはまったくの虚構。。
>
>
> しかし、愚さんは、これをとても分かりやすく示してくれるので、とても身近なことであることが理解できます。
>
> 何年も前から、KB会の動画を見ているのですが・・、年を経るとともに、次第に、説明が具体的で真に迫ってくるように感じられます。
>
>
> これからもよろしくお願いします。応援しています。。

おそれいります・・・・ありがとうございます・・・・今後ともどうぞよろしくお願いします
2020年02月13日 20:19


>タキ衛門さん
>
>>野矢さんとは、来月、禅の関係での会で、ご一緒する予定
>
> 以前、野矢教授に、KBで渡辺さんと対談しませんかと打診した所、Youtubeに出るのはヤダという事でお流れになりました。

そうなんでしたか・・・・情報ありがとうございます
地球人
2020年02月13日 23:26
結局、愚さんのブログは何を言いたいのだろうか?

地球人
2020年02月13日 23:43
神仏が抽象とは今更でしょう。
地球人
2020年02月14日 00:25
今のところ、物理科学で解明できないなら神技と呼びます。

2020年02月14日 07:45
物理科学で解明できないのは
地球人さんの想念垂れ流しや^_^
故に神業とも言える^_^
地球人
2020年02月14日 09:18
宇宙の全てが解明されたとでも?^^

宇宙の原理を知ることが人類の未来に繋がる。
地球人
2020年02月14日 09:35
抽象は宇宙と相対し客観しなければできない能力。
地球人
2020年02月14日 09:44
あさんはよく人ことを言えるな。笑う





2020年02月14日 10:12
あさんはいない^_^
観念じゃ^_^

うん?

観念崩壊セミナーなんてものがあったらしい^_^

下手するとおいらも受けている可能性があった^_^

恐ろしや^_^
地球人
2020年02月14日 10:33
想念は心の働きであって神仏の素である。
レゾンデートル
2020年02月14日 11:09
想念が心だろう。w
2020年02月14日 12:18
地球人さんの想念にかなうものはいない^_^

確信している^_^
地球人
2020年02月14日 12:24
あさん、、想念で語るのを慎みなさい。

わたしは毎日、接心・坐禅をして想念を滅している。

あなたも坐禅をしなさい。微笑
2020年02月14日 20:04


>地球人さん
>
>結局、愚さんのブログは何を言いたいのだろうか?
>
>
そういえば、そうですね・・・・

思い立ったことを書いているだけです。そこで、みなさんが議論できれば、それで十分だと思います。
2020年02月15日 03:06
愚さん発見^^

明けの明星の所見あり100827 2/9渡辺 充(KB会)

「あるがままに見ていくだけ」「何もしないで見てろ」「見ていることが淨化」

「只管打坐(思考を流す)(手を加えなければ消えていく)(あるがまま)(只見ているだけ)」

「自己がない状態で生きている」「自分の中で自分と戦っている」

「火の車、造る大工はおらねども、おのが造りて、おのがのりゆく」「過去は記憶の中にしかない」「時間・空間も象徴」

「何もしないと解決する」渡辺 充(KB会)

http://www.ne.jp/asahi/zenn/honn/
2020年02月15日 03:11
2020年02月15日 03:13
http://www.ne.jp/asahi/zenn/honn/

このサイトの愚さんの欄すごい^^

渡辺 充 (KB会)

どないなっとんねん^^
2020年02月15日 03:38
「わたしは毎日、接心・坐禅をして想念を滅している。」

「想念を滅している」?

「一念にたがわず、二念を継がず」

「一念は、素直に出てきた想いで、二念は雑念。

二念を継がずとは、雑念を相手にしないこと。」

だって知らんけど^^

ちなみに鐘の音「ご~~~ん」にすべての答えが詰まってると
思ってるんだが^^

これも想念やな^^


2020年02月15日 07:39
pcが人に例えることができるんだけど・・^^

hdd cpu メモリがそなわったとしたら素量子はなにをする
か・・・^^

ゲームを自ら作り出すんだよな・・自然の流れ^^

まずキャラクターを作り・・ゲームのモードの設定をする^^

ハード・・ノーマル・・イージー

どれが正解かはあなた次第^^

・・・とだれかが言ってたような・・・・^^

知らんけど^^

どんな想念やねん^^



2020年02月15日 08:32
う~~ん^^

地球人さんの想念垂れ流しが凄すぎて付いていけん^^

極楽浄土へ行くとするかなっと^^
地球人
2020年02月15日 11:36
>「わたしは毎日、接心・坐禅をして想念を滅している。」
>「想念を滅している」?
>「一念にたがわず、二念を継がず」
>「一念は、素直に出てきた想いで、二念は雑念。
>二念を継がずとは、雑念を相手にしないこと。」
>だって知らんけど^^

二念は雑念? 意思が働くので良し悪しがあるってことです。

>ちなみに鐘の音「ご~~~ん」にすべての答えが詰まってると
思ってるんだが^^
>これも想念やな^^

無常観。
2020年02月15日 11:44
「一念にたがわず、二念は妄念迷いの世界」

抽象の迷いの世界やな^_^

現量や^_^
Village beside a mountain stream
2020年02月15日 12:31

返事が遅れてしまい申し訳ありません。 

「自我の問題が人生最大、最強の問題」これも渡辺さんの話を聞く中で得た非常に大きな収穫です。生/死の問題を考える上で、〈私〉が鍵になるな、という程度には思っており、実際〈私〉についてあれこれと考えていました。併し、もっと根本的に〈私〉、自我、が問題なのだ、とは気づいておりませんでした。ここに気づけたのが良かったです。

 「軽いタッチで問い続けること」全く仰る通りだと思います。私は英語で言うhumorが軽いタッチで問い続けるには必要だなとしみじみ思っています。修辞学の伝統があるせいか、欧米人は上手に書くなぁ、と感心することがあります。如何に問うか、如何に書くか、如何に表現するか、という問題は、何を問うか、何を求めるか、と同じぐらいに大切なことだと思います。併し、なかなか難しいですね。仰々しい文章の方が簡単ですから。

 ケン・ウィルバーは全く知らず、ラマナ・マハリシは名前だけ聞いたことがありました。どちらも一冊も読んだことがないので、今度読もうと思います。二人ともWikipediaで簡単に調べたのですが、特にケン・ウィルバーは面白そうですね。彼の言っていることは分かるような気がします。言わんとしていることは分かりました。大変興味深いです。読んでみることにします。


 『時間の終焉』はまだ買っておりません。近々Amazon.co.jpで購入しようと思っておるのですが、それでもよろしいでしょうか?実は前々から購入カートに『時間の終焉』をいれてあるのですが、まだ買っていませんでした。今月は買うことができそうです。

 質問があったら遠慮なく質問することにします(哲学臭く、面倒な、ややこしいものになると思いますが)。これからもよろしくお願いします。
2020年02月15日 15:35


>Village beside a mountain streamさん
>
> 返事が遅れてしまい申し訳ありません。 
>
>「自我の問題が人生最大、最強の問題」これも渡辺さんの話を聞く中で得た非常に大きな収穫です。生/死の問題を考える上で、〈私〉が鍵になるな、という程度には思っており、実際〈私〉についてあれこれと考えていました。併し、もっと根本的に〈私〉、自我、が問題なのだ、とは気づいておりませんでした。ここに気づけたのが良かったです。
>
> 「軽いタッチで問い続けること」全く仰る通りだと思います。私は英語で言うhumorが軽いタッチで問い続けるには必要だなとしみじみ思っています。修辞学の伝統があるせいか、欧米人は上手に書くなぁ、と感心することがあります。如何に問うか、如何に書くか、如何に表現するか、という問題は、何を問うか、何を求めるか、と同じぐらいに大切なことだと思います。併し、なかなか難しいですね。仰々しい文章の方が簡単ですから。
>
> ケン・ウィルバーは全く知らず、ラマナ・マハリシは名前だけ聞いたことがありました。どちらも一冊も読んだことがないので、今度読もうと思います。二人ともWikipediaで簡単に調べたのですが、特にケン・ウィルバーは面白そうですね。彼の言っていることは分かるような気がします。言わんとしていることは分かりました。大変興味深いです。読んでみることにします。
>
>
> 『時間の終焉』はまだ買っておりません。近々Amazon.co.jpで購入しようと思っておるのですが、それでもよろしいでしょうか?実は前々から購入カートに『時間の終焉』をいれてあるのですが、まだ買っていませんでした。今月は買うことができそうです。
>
> 質問があったら遠慮なく質問することにします(哲学臭く、面倒な、ややこしいものになると思いますが)。これからもよろしくお願いします。
>
まずはケン・ウィルバーを読むことをお勧めします。おそらく、ビレッジさんにピッタリだと思います。

かれの最近の物は知りませんが、「無境界」「意識のスペクトル」は参考になりました・・・・どちらも似たような本ですが・・・・かれは非常に優秀だと思います。

「時間の終焉」は優れた本ですが、ちょっと読みづらいかもしれません。レベルは非常に高いです。ご質問があれば、なんでもOkです。ご贈呈しようかとも思いましたが・・・なんか、読むのを強要する感じもしますので、遠慮しておきます。
Village beside a mountain stream
2020年02月15日 18:07
愚さんへ:

お心遣いありがとうございます。皆さんも本を買われていると思いますし、また私は無料で講義を受けているのですから、その授業料として本をどうか買わせて下さい。必ず買います。そして、読みます。

実は、web上にある、pdf形式の英語原文“The Ending of Time”は既に持っていてパラパラと読んでみるのですが、やはり対話の内容が非常に難しいのとページ数が厖大なこともあって必ず挫折します。それ故、日本語訳が是非とも必要だと感じました(やはり、思想書、哲学書はなんだかんだ翻訳書ですね。三木清もそのようなことを言っていました。語学の異常な才に恵まれた人は別でしょうけれども。渡辺さんの労苦に感謝します。出張中等に翻訳された話を動画で聞いて本当に感動しました。)

ケン・ウィルバーは恥ずかしながら全く知りませんでした。Kazimierz Dąbrowski (1902–1980)というポーランドの心理学者が述べたthe theory of positive disintegrationというのがあるのですが、それと共通する所があるな、と思いました。彼は人間の「精神の危機」と呼べるものを新たなるintegrationのために必要でpositive なdisintegrationとみるのですが、それと重なる所があるように思われました。ケン・ウィルバーはWikipediaを見る限り、それ以上の視野と理論があるように思われますが…。私は10代の時に一回、完全にdisintegration(分離、崩壊)したことがありまして(一切の価値が分解してしまいました。その時は数学の意味もすっぽり抜けてしまいました。)、それから哲学病というか、認識病というか、そういった状態なのですが、ケン・ウィルバーもその類(たぐい)の人間ですね。匂いで分かります。渡辺さんにも同じ匂いがしました。なかなかこういう人は少ないです。以前はもう少しいるだろうと思っていましたが、最近はそうでもないような気がしています。

お気遣い感謝致します。




2020年02月15日 18:29
「太陽ほどの質量のブラックホールで情報が本当に失われるかどうかを
実験的に確かめるとすると、ブラックホールが蒸発した後に
10の10の76.96乗乗倍の大きさが必要である」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9


[ブラックホールで情報が本当に失われる・・・]

ちょっと検索していたら・・^^

この情報の意味がよくわかりません^^

これの簡単な解説をお願いします^^

3行くらいで^^

もしかして・・^^

仏教で言う法や因果のことかなと^^
2020年02月15日 18:44
自己解決しました^^

すみませんです^^
2020年02月15日 18:48
「それがコーヒーを形作るものなのか、鳥を形作るものなのかは情報次第であり、素粒子に取ってみればあずかり知らないことなのです。極論を言えば、宇宙から情報が消え失せれば、すべての物は同質のものになるとも言えます。」

これを仏教的に言うと・・^^
2020年02月15日 19:26
ブラックホールの蒸発と情報問題か・・^^

なんで夜中にこんなこと考えねばならんのか^^

どんな想念流しやねん^^

参考までに^^
Why Black Holes Could Delete The Universe – The Information Paradox

https://www.youtube.com/watch?time_continue=185&v=yWO-cvGETRQ&feature=emb_logo

気晴らしにファミリーマートでコーヒー買わんとあかん^^

頭おかしくなるで^^
地球人
2020年02月15日 20:24
>地球人さんがあばれておる^^

自我が暴れてる?

自覚してるのだから暴れてことにならんでしょ。笑


地球人
2020年02月15日 23:47
あさんの場合は自覚が無いでしょ。微笑
2020年02月16日 05:39
「地球人さんがあばれておる^^」

この動画の最初に入ってくるお坊さん^^

「うぁあああああああぁああああああああああああああ」
「言葉って・・何?」

と言ってるお坊さんは地球人さんであると見ぬいたんだが^^

音禅法要 第一部 Buddhist Zen Ceremony by Music Part 1
https://www.youtube.com/watch?v=7kXXyhYlPp0
地球人
2020年02月16日 10:28
また、あさんの自我が過剰に反応した。爆笑

偶には鏡を見ては?
2020年02月16日 12:46
この動画に出てくる肖像画^^


ほんとうのおいらや^^

梵音 般若心経 (サンスクリット版)インド人が唱える本家 般若心経
https://www.youtube.com/watch?v=4pVMCEZKk9E

2020年02月17日 04:42
無我モードー別名楽ちんモード

自我モードー別名苦悩モード

常にどちらのモードにいるか意識した方がいいな^_^

とりあえず今は無我モード^_^

楽ちんや^_^
2020年02月17日 07:32
まだ無我モード^_^

ただ見ているだけ^_^

楽ちん^_^
2020年02月17日 07:41
早く浄土へ行って極楽モードになりたい^_^
2020年02月17日 10:10
今日はまだまだ無我モードや^_^

これからが本番や^_^
2020年02月17日 12:04
おかしい^_^
まだ無我モードが続いている^_^
意識していると自我さんが恥ずかしがって出てこれないのかな^_^
2020年02月17日 12:11
このまま極楽モードへ突入や^_^
2020年02月17日 15:31
浄土きた^_^

極楽モードへ突入や^_^

しかし今日は自我さんの出番なかったな^_^

なんでやろ^_^
2020年02月17日 15:37
苦が生じれば自我さんモードへ突入と思ってまちがない^_^
2020年02月18日 04:51
自我の目と無我の目がある^_^

無我の目はありのままを見る^_^

自我の目は虚構の世界を見る^_^
2020年02月18日 04:53
うーん^_^

そのまんま東^_^

なんでやねん^_^
地球人
2020年02月18日 22:20
あさん劇場! ^^