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この記事へのコメント

マイヤーマイヤー
2020年02月02日 11:04
宮啓
2020年02月02日 14:17
 貴重な体験談、聴かせてもらいありがとうございます。

 真理の知覚の記憶と現実とのギャップに苦しむことがあることを知りました。

 クリシュナムルティは、自然の中にいることを好み、ウォーキングを自然の中でよく行っていたとのことです。

 町の中では、目に入るものほとんどに縄張りが張られていて、許可無く入ると不法侵入罪で訴えられることも・・。勝手にとると窃盗罪に・・。許可無くハグすると強制わいせつ罪・・。

 観察されるものが観察者であるとは全く思えない社会構造が張り巡らされているようです。物理的な条件付け。ばらばらであるという物理的条件付け。

 観察されるものと観察者を明確に区別しなければ訴えられるリスクと無意識のうちの恐怖。。

 そのような環境の中で、真理を知覚する脳。これがありうるのか・・?
2020年02月02日 14:47


>宮啓さん
>
> 貴重な体験談、聴かせてもらいありがとうございます。
>
> 真理の知覚の記憶と現実とのギャップに苦しむことがあることを知りました。
>
> クリシュナムルティは、自然の中にいることを好み、ウォーキングを自然の中でよく行っていたとのことです。
>
> 町の中では、目に入るものほとんどに縄張りが張られていて、許可無く入ると不法侵入罪で訴えられることも・・。勝手にとると窃盗罪に・・。許可無くハグすると強制わいせつ罪・・。
>
> 観察されるものが観察者であるとは全く思えない社会構造が張り巡らされているようです。物理的な条件付け。ばらばらであるという物理的条件付け。
>
> 観察されるものと観察者を明確に区別しなければ訴えられるリスクと無意識のうちの恐怖。。
>
> そのような環境の中で、真理を知覚する脳。これがありうるのか・・?

なんの問題もありません。社会的なルールは当然のことながら、わかります。

それはたしかに、観察されるもの=宇宙、観察する者=わたし、ということで、森羅万象はわたしのものということですが、クリシュナムルティのいっているのは、一義的には、観察されるもの=こころの働き=エゴの働き、観察する者=エゴ、でしょう。このギャップが、問題なわけです。

だから、社会システムと直接には関係ありません。むしろ、人間関係とか、お金とか地位とかに、自分がどう反応するか、その反応が観察されるもの、ということになります。

その反応を観察者なしで、つまり、捻じ曲げてしまうエゴなしに、そのあるがままを見ていけ、というわけでしょう。

エゴイズムを見ていけということでしょう。

そうするとエゴイズムが変化してくるよ、なくなってくるよ、ということでしょう。

腹を立てたらそれを見ていけ、やきもちやいたら、それを見ていけ・・・・・
宮啓
2020年02月02日 18:14
 愚さん

 ご返信ありがとうございます。


>それはたしかに、観察されるもの=宇宙、観察する者=わたし、ということで、森羅万象はわたしのものということですが、クリシュナムルティのいっているのは、一義的には、観察されるもの=こころの働き=エゴの働き、観察する者=エゴ、でしょう。このギャップが、問題なわけです。

だから、社会システムと直接には関係ありません。むしろ、人間関係とか、お金とか地位とかに、自分がどう反応するか、その反応が観察されるもの、ということになります。

その反応を観察者なしで、つまり、捻じ曲げてしまうエゴなしに、そのあるがままを見ていけ、というわけでしょう。

エゴイズムを見ていけということでしょう。

そうするとエゴイズムが変化してくるよ、なくなってくるよ、ということでしょう。

腹を立てたらそれを見ていけ、やきもちやいたら、それを見ていけ・・・・・---


 観察者は観察されるものである。とクリシュナムルティが述べるときには、一義的には、心理面について述べているのですね。

 その一義的とは、第1段階として、観察者と観察されるものが別々の場合。

 そして、クリシュナムルティは、その次の段階にも陳述を及ぼしています。

 観察者が消えるとき。それは、観察者が観察されるものとなったとき。

 この第2段階として、心理面と共に、外側、物質的世界において「観察者は観察されるもの」となると、クリシュナムルティは述べているように思います。

 愚さんが若かりし頃、経験したこと。

 これはクリシュナムルティも経験しています。

 これが科学的にありうることは、物理学者はよく理解していると思います。

 そして、それが「脳」科学として、解明できる日が来るのでは。。?

 真理を知覚する脳。これがありうるのではないでしょうか。。
2020年02月02日 20:14


>宮啓さん
>
> 愚さん
>
> ご返信ありがとうございます。
>
>
>>それはたしかに、観察されるもの=宇宙、観察する者=わたし、ということで、森羅万象はわたしのものということですが、クリシュナムルティのいっているのは、一義的には、観察されるもの=こころの働き=エゴの働き、観察する者=エゴ、でしょう。このギャップが、問題なわけです。
>
>だから、社会システムと直接には関係ありません。むしろ、人間関係とか、お金とか地位とかに、自分がどう反応するか、その反応が観察されるもの、ということになります。
>
>その反応を観察者なしで、つまり、捻じ曲げてしまうエゴなしに、そのあるがままを見ていけ、というわけでしょう。
>
>エゴイズムを見ていけということでしょう。
>
>そうするとエゴイズムが変化してくるよ、なくなってくるよ、ということでしょう。
>
>腹を立てたらそれを見ていけ、やきもちやいたら、それを見ていけ・・・・・---
>
>
> 観察者は観察されるものである。とクリシュナムルティが述べるときには、一義的には、心理面について述べているのですね。
>
> その一義的とは、第1段階として、観察者と観察されるものが別々の場合。
>
> そして、クリシュナムルティは、その次の段階にも陳述を及ぼしています。
>
> 観察者が消えるとき。それは、観察者が観察されるものとなったとき。
>
> この第2段階として、心理面と共に、外側、物質的世界において「観察者は観察されるもの」となると、クリシュナムルティは述べているように思います。
>
> 愚さんが若かりし頃、経験したこと。
>
> これはクリシュナムルティも経験しています。
>
> これが科学的にありうることは、物理学者はよく理解していると思います。
>
> そして、それが「脳」科学として、解明できる日が来るのでは。。?
>
> 真理を知覚する脳。これがありうるのではないでしょうか。。

それは原理的にあるのかどうかわかりません。わたしの推測だと、分別智がある以上、無明は避けられないと思っていますが、さだかではありません。
地球人
2020年02月02日 21:59
欲望、煩悩がないと文明は進化しない。
2020年02月03日 01:23


>大平さん
>
>https://www.youtube.com/watch?v=4G7fZtEc-BQ 昔書いた交響曲です。よかったら聞いてみてください。

すごいの書いてるんですね・・・・・
snow
2020年02月03日 08:01
新しくこちらに来られてコメントされた方の投稿が見逃されてしまうようにならないためにも、雑談を連投するのを控えられたほうがいいと思う、というのを以前、書きました。

しかし、愚さんは、すみずみまで目を通してくださっている、というのがわかり安心しました。

これは、あくまで提案なのですが。
新規に来られての愚さんへの質問や、愚さんと話してみたいことのある方専用のコーナーみたいなものを、このブログに作られるというのはいかがでしょう。
ブログの機能上、難しいのかな、とは思うのですが。

愚さんのオープンな人柄があらわれたこちらのブログ。
だからこそ、こちらに思いのたけを書きたくなる方もいらっしゃるのでしょうね。

以前、「雑談は書かないほうがいいと思う。」と私が書いた際、気を悪くされた方、すみませんでした。

(この場をお借りして。)
2020年02月03日 08:29
おい^_^

標識^_^
地球人
2020年02月03日 08:31
自然の森林も中を歩くのがクリシュナムルティは好きだったのか?

誰でも好きだと思いますが、葛藤が全くありません。癒されます。

人の街中を歩くと葛藤、ストレスがあって疲れます。
地球人
2020年02月03日 08:38
ん? 誰か、呼んだか?

場を弁えたほうがよいと思うぞ。笑
宮啓
2020年02月03日 14:48
 愚さん

 >> 真理を知覚する脳。これがありうるのではないでしょうか。。

>それは原理的にあるのかどうかわかりません。わたしの推測だと、分別智がある以上、無明は避けられないと思っていますが、さだかではありません。
---


 ふっと目に入った夕日がとてもきれい。。視線をそらし、、

 また見てみると、さっきのきれいさは感じられない。

 ゆぶねにつかると、なんとも言えない幸福感。。幸福感を感じていることを意識すると、あの幸福感がどこかへ行ってしまい、今はただのお湯。。

 寒い日に布団の中に入ると、冷たい布団に肌が触れるが、心地よい、時間と共に布団もあったまることを知っているので、幸せな感じ。。しかし、幸せを意識すると、この布団がただの布。。

 まったく期待せずに、ふっと夕日や湯船や布団に遭遇する瞬間、観察者と観察されるものの分離は生じていないように思える。
 なぜなら、その瞬間の後、その幸福はどこかへ去ってしまい、取り戻そうとしても無駄だから。。

 その瞬間は、真理を知覚する脳として生きているように思える。


 瞬間の短い間なので、見落としがちであるが、クリシュナムルティは瞬間で充分の旨を述べている。


 ホラーの映画を見ているときに、CMやトイレタイムはありがたい。。
 恐怖に没入しているときに、CMなどで恐怖から一時解放され、ほっと一息、恐怖が幻想であったことが確かめられ、現実に戻る。

 時間の世界で、あくせくし悩み不安・恐怖の中で生きている時に、特に荒波の中に巻き込まれているとき、熟睡や夕日や湯船やふとん等の一瞬間の真理に触れることができれば、恐怖から一時的に解放され、ほっと一息、恐怖が幻想であったことが確かめられる。

 これは悩みがホラー映画のごとく幻想として軽減してゆく効果があり、それだけで大きな価値があるようだ。。

 一瞬間の真理を知覚する脳の効果。。
2020年02月03日 19:15
私はバランスを崩し 壁にもたれました そして腕を見ると もはや自分の体の境界が 分からなくなっていることに気付きました 自分がどこから始まり どこで終わるのか その境界が分かりませんでした 腕の原子分子が 壁の原子分子と混じり合って 一緒になっているのです 唯一感じ取れるのは エネルギーだけでした

そして 自分に問いかけました “私はどうしちゃったの? 何が起きているの?” その瞬間― 左脳のささやきが 完全に途絶えました まるで誰かが テレビのリモコンを取り ミュートボタンを押したかのように 全くの静寂になりました 最初 頭の中の静寂に ショックを受けていましたが それからすぐに 周囲の大きなエネルギーに魅了されました もはや 体の境界が分からない私は 自分が大きく広がるように感じました 全てのエネルギーと一体となり それは 素晴らしいものでした

おわかりいただけたであろうか・・^^
地球人
2020年02月03日 20:39
それは、実際の体験なのですか?

それとも想像なのですか?
地球人
2020年02月03日 20:50
>>> 真理を知覚する脳。これがありうるのではないでしょうか。。

>>それは原理的にあるのかどうかわかりません。わたしの推測だと、分別智がある以上、無明は避けられないと思っていますが、さだかではありません。

真理は真理を知覚することは可能ですか?

上から石が落ちてきて、頭に当たりました。「痛い!」

2020年02月04日 01:27


>宮啓さん
>
> 愚さん
>
> >> 真理を知覚する脳。これがありうるのではないでしょうか。。
>
>>それは原理的にあるのかどうかわかりません。わたしの推測だと、分別智がある以上、無明は避けられないと思っていますが、さだかではありません。
>---
>
>
> ふっと目に入った夕日がとてもきれい。。視線をそらし、、
>
> また見てみると、さっきのきれいさは感じられない。
>
> ゆぶねにつかると、なんとも言えない幸福感。。幸福感を感じていることを意識すると、あの幸福感がどこかへ行ってしまい、今はただのお湯。。
>
> 寒い日に布団の中に入ると、冷たい布団に肌が触れるが、心地よい、時間と共に布団もあったまることを知っているので、幸せな感じ。。しかし、幸せを意識すると、この布団がただの布。。
>
> まったく期待せずに、ふっと夕日や湯船や布団に遭遇する瞬間、観察者と観察されるものの分離は生じていないように思える。
> なぜなら、その瞬間の後、その幸福はどこかへ去ってしまい、取り戻そうとしても無駄だから。。
>
> その瞬間は、真理を知覚する脳として生きているように思える。
>
>
> 瞬間の短い間なので、見落としがちであるが、クリシュナムルティは瞬間で充分の旨を述べている。
>
>
> ホラーの映画を見ているときに、CMやトイレタイムはありがたい。。
> 恐怖に没入しているときに、CMなどで恐怖から一時解放され、ほっと一息、恐怖が幻想であったことが確かめられ、現実に戻る。
>
> 時間の世界で、あくせくし悩み不安・恐怖の中で生きている時に、特に荒波の中に巻き込まれているとき、熟睡や夕日や湯船やふとん等の一瞬間の真理に触れることができれば、恐怖から一時的に解放され、ほっと一息、恐怖が幻想であったことが確かめられる。
>
> これは悩みがホラー映画のごとく幻想として軽減してゆく効果があり、それだけで大きな価値があるようだ。。
>
> 一瞬間の真理を知覚する脳の効果。。

自我が働いていないときがあることは、経験的、知的に理解できるのですが、自我が元来ない、ということには、納得しないのが困難です。
2020年02月04日 01:39


>地球人さん
>
>それは、実際の体験なのですか?
>
>それとも想像なのですか?

できれば、リファーしている対象の文章を明示しておいてください・・・・・そうしないと、間違って、皆さんの対話に割り込んでしまったりしますから・・・・
地球人
2020年02月04日 02:22
>地球人さん
>
>>それは、実際の体験なのですか?
>
>>それとも想像なのですか?

>できれば、リファーしている対象の文章を明示しておいてください・・・・・そうしないと、間違って、皆さんの対話に割り込んでしまったりしますから・・・・


以下です。


>>>あ

2020年02月03日 19:15

>>>私はバランスを崩し 壁にもたれました そして腕を見ると もはや自分の体の境界が 分からなくなっていることに気付きました 自分がどこから始まり どこで終わるのか その境界が分かりませんでした 腕の原子分子が 壁の原子分子と混じり合って 一緒になっているのです 唯一感じ取れるのは エネルギーだけでした

>>>そして 自分に問いかけました “私はどうしちゃったの? 何が起きているの?” その瞬間― 左脳のささやきが 完全に途絶えました まるで誰かが テレビのリモコンを取り ミュートボタンを押したかのように 全くの静寂になりました 最初 頭の中の静寂に ショックを受けていましたが それからすぐに 周囲の大きなエネルギーに魅了されました もはや 体の境界が分からない私は 自分が大きく広がるように感じました 全てのエネルギーと一体となり それは 素晴らしいものでした
2020年02月04日 10:08
おい^_^

地球人^_^

それ奇跡の脳の実体験や^_^
宮啓
2020年02月04日 11:16
愚さん

>自我が働いていないときがあることは、経験的、知的に理解できるのですが、自我が元来ない、ということには、納得しないのが困難です。--


 確かに、「自我が元来ない」と知的にではなく肌で納得することは困難のようです。。

 戦前・戦中の日本人に、「天皇は人間で、皇民化教育はでっちあげです。。国のために生きるのではなく、個人のために生きてください。」と言っても、耳を貸す人はいなかったのでしょう。
 条件づけは、簡単に取り去ることはできない。

 「根源的な変容」とは「自我が元来ない」と肌で納得することであった。。
地球人
2020年02月04日 12:04
>それ奇跡の脳の実体験や^_^

俄かに信じ難い。

何か悪い薬を服用した疑い有り。^^
地球人
2020年02月04日 16:41
翻訳してくれ! ^^
2020年02月04日 16:52
うん?

僕とか日本語しか分からないのでごめんなさい^_^
地球人
2020年02月05日 03:18
あ、そうですか、

後付け体験かとおもったもので・・微笑み ^^
2020年02月05日 04:50
四運を一景に競う^_^
2020年02月05日 07:15
競ってどうする^_^
2020年02月05日 07:16
うん?

きも^_^
地球人
2020年02月05日 09:46
壁ドン!で、 宇宙と一体に気づく処が面白い!^^