悩むことの困難さ

悩むことが困難なので、悩まないことが困難になる。非常に簡単な原理です。

悩みは確かに苦痛ですが、真の苦痛は、悩みから逃れようとするところにあります。
これが苦痛なんです。

お金がない、ということを認知します。貧乏を認知します。それから、頭が働いて、貧乏でない状態をイメージします。そこで、悩みが始まります。悩みは苦痛です。そこで、この悩みから解放されようとします。

ここからすべったころんだの大騒ぎが始まります。やれ、仏教だ、色即是空だ、禁欲だ、悟りだ、キリスト教だ、クリシュナムルティだ、禅だ、道教だ、修行だ、坐禅だ、念仏だ、この指導者はいい指導者だ、ああだこうだです・・・・・

話をややっこしくしているだけです。

だから、逆回しをします。仏教もキリスト教も、クリシュナムルティも、迷いも悟りも、すべて捨ててしまいます。もちろん、わたしの言明も捨ててしまいます。

そうしたら、なにが残るかといえば、悩みという苦痛です。この苦痛が、わたしの「あるがまま」です。ここからの逃避が、話をややっこしくしてきたわけです。

であれば、ここから逃避しません。その苦痛にとどまります。

これが最大の困難です。程度の低い悩みはいいとして、深い心の傷、トラウマといったものが、浮かび上がってくるときに、訪れる苦痛は大変なものがあります。

この苦痛は、知性や意識をはるかに超えて、肉体的なものです。だから、意識でコントロールできるようなしろものじゃありません。

この苦痛を感じるので、ひとは、おそれおののいて、抑圧したり、逃避したりするわけです。反射的にします。そしてまずますの苦痛を受けます。それを、一生続けます。

じゃあ、どうするか?

この構造を、こころから理解することです。自分で観察し、考え抜くことです。これが人生最大の問題であり、緊急性があるんだと、こころの奥底で理解するんです。

そうすると、この苦痛に耐える勇気が湧いてきます。そして、苦痛を味わうわけです。体全体で味わいます。そうすると、肉体が問題を感知し、苦痛を癒してくれます。だから、苦痛を味わうことが、身体に伝わり、問題点を把握し、苦痛を解消していきます。

つまり、すべきことは、悩みの苦痛を味わうことです。それからあとは、身体および無意識に任せておけばいいわけです。

それらは独自の英知を持っています。腹痛を身体が勝手に治してくれるようなものです。腹痛から逃避してはダメです。

このプロセスを繰り返すたびに、こころと身体は軽くなっていきます。







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この記事へのコメント

宮啓
2020年01月13日 20:26
 テレビをつければバラエティ、カーラジオからは音楽が流れる。

 思考は劇場で、照明・音響・登場人物・舞台背景がそろった舞台で、暇さえあれば妄想劇を楽しめる。もちろん主人公はこの観察者。

 もしも、その娯楽や快楽イメージをもたらす思考が止まればどうなるのか?

 クリシュナムルティは、思考はイメージ作りによって自己逃避を行っているとのこと。
 そのイメージ作りが止むと、そこには恐怖・不安・嫉妬・憎悪・暴力等々の暗黒があることを示唆しています。

 あるがままの自分とは、すなわち「暗黒」のことなのか。その「暗黒」からの逃避としてのイメージ作り(思考)なのか。
2020年01月13日 21:22
悟った人は、ただ悩み、ただ悲しむわけですね。

悟ってない人は、悩み悲しみに、混乱して、やれ禅だ、仏教だ、キリスト教だ・・・・をやっちゃうわけですね。
大平
2020年01月13日 21:23
悟った人は、ただ悩み、ただ悲しむわけですね。

悟ってない人は、悩み悲しみに、混乱して、やれ禅だ、仏教だ、キリスト教だ・・・・をやっちゃうわけですね。
地球人
2020年01月14日 00:08
神仏に救済を求めない社会は平和なのです。
たーぼー
2020年01月14日 04:26
愚さんお久しぶりです。
本当にそのやり方でいいですか?
苦しみや悩み事に成り切って一時的には、それに自己同化してスッキリした気持ちになるかもしれませんが、味わった分意識に強く刻印されて、ぶり返して更に苦しくなるのではないでしょうか?
麻薬みたいに一時的には元気になるんだけど、それに依存して更に苦しくなるのでは?
無字をやって一時的にスッキリするのは分かります。
無字ならまだいいです。
しかし、そのやり方で苦しみや悩み事などの負の感情を味わっても一時的にスッキリするだけで根本的な解決にはならないどころか逆効果だと思います。
しかもお金がないという事実だけが残ると言いますけど、毎日食べていかないといけないわけで、お金がないという事実をいつかは認識して思考で考えて現実的な対処をしないと生活出来ないと思いますが。。
みゅう
2020年01月14日 07:32
いつも、修行の機会を提供していただき、ありがとうございます。

 苦痛は感覚、悩みは、苦痛を展開させるシステムみたいなものとの理解でよろしいでしょうか。苦痛は生物として進化の過程で身に着けたもの、悩みは個体として成長の過程で身に着けるもの?
 したがって、苦痛は悩みであり、悩みの対象でもあり、心の中だけではコントロールし難く、悩みは苦痛からなり苦痛の対象でもあるが主に心の中の問題である。
 
 特に、いくつかの苦痛の無限ループとしてシステム化された悩みが、じゃあ、どうするか?の対象となる、、、で、いいですか。


>日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
苦痛
くつう
生理的、心理的になんらかの損傷が与えられるときにおこる苦しみ・痛みの感覚あるいは状態。一般に苦痛は避けられるべきものであるが、あえて苦痛を求めることもある。すなわち精神分析では苦痛はかならずしも避けるべき不快とはみなさない。対象に苦痛を与えて満足を得るサディズムと対象から苦痛を与えられて満足を得るマゾヒズムがあり、両者をあわせてアルゴラグニー(苦痛嗜愛)という。[外林大作・川幡政道]

地球人
2020年01月14日 14:08
自業自得であれば可能ですが、他者が直接係る苦痛を解除することはできない。

地球人
2020年01月14日 18:59
しかし、深い心の傷を負った人がその苦痛を味わうことはできますかね?
2020年01月14日 19:17
ネットで、極左勢力と戦ってたら、彼女に怒られた。
2020年01月14日 19:22
悩みの苦痛ってどうすれば味わえるのかな^^?
2020年01月14日 19:37
「お金がない」・・働いて貯金する^^

で終わりだもんな^^
2020年01月14日 19:40
最悪の場合でも・・^^

「お金がない」・・自己破産する^^

で終わる^^
2020年01月14日 19:43
結局自分を捨てられないから悩むわけが・・^^

それなら無我を悟るべきだな^^

無我と諸行無常もね・・^^
2020年01月14日 19:47
ちなみに・・^^

我で世の中みると悩みだらけだよ^^

0思考であるががまを見ないとね^^
2020年01月14日 19:53
我で世の中みると悩みだらけだよ^^

つまり・・^^

世の中すべて思いどうりになると思ってる我が潜んでいるんだよな^^

ゆえに世の中を思考で見ると虚妄の世界をみてしまうということやな^^

現実はよくもわるくもない0思考なんだな^^

と誰かが言ってた^^


地球人
2020年01月14日 20:56
要するに、思い通りにならないとは人間社会も生存競争だということです。

生物の宿命です。

悟りの世界も誰が本物の悟りか?競ってるわけです。笑
通行人
2020年01月14日 22:48
世界各国、私達の日常もは生存を掛けた争いを止めないのか?
それが生態の進化につながる。
生存競争を止めると絶滅するのだろうね。
だから、止めることはできない。
みゅう
2020年01月15日 06:06
あ さん

おっと、また、あ さん!

「理解」を深めさせてもらえそうな投稿を探していくとこうなるのですが
不快だったらごめんなさい。

>悩みの苦痛ってどうすれば味わえるのかな^^?

 一つ一つの悩みは言葉で説明ができます。物語になってラベルをつけられ記憶の書庫に収納されています。悩みは言葉の世界の存在です。苦痛は感覚で、言葉で指し示すことはできますが、つかむことはできません。
 あらためて、なにか特定の悩みの苦痛性を味わおうとおもったら、その日の日付を目安に古い日記をさがして読むように、その記憶の物語を読みかえしてみればよい。
 苦痛そのものは書かれていないけれどその物語の特別な登場人物、いわゆる”自我”の書き表された行動を通して、読み手は苦痛そのものを味わうことになります。

 私の、今のところの「理解」にすぎませんが、、、
2020年01月15日 10:08
よくわからないけど^_^

苦はマジで八正道で消える^_^

これだけは確か^_^


地球人
2020年01月15日 12:41
煩悩の迷いの中で八正道は無理です。笑
地球人
2020年01月15日 13:16
お金が無いから働く時には目的が明確なので煩悩の迷いは無いのですが、お金が目的でなく働く時に仕事に対するやりがいとか煩悩の迷いが生じる。
これは中々、厄介です。
地球人
2020年01月15日 14:27
仕事に迷いがあるなら金が無くなるまで働かなければよい。
お金が無くなれば必要にせまられて働かざるえなくなる。
仕事をすれば向き不向きがわかるかもしれない。

あれこれ思考しても何の糸口も見いだせない。
取りあえず行動してみる。
通行人
2020年01月15日 15:15
下手な考え休むに似たり!^^
2020年01月15日 18:14
これ言ったら、憤慨されるかもしれませんが、
豊胸手術や整形手術で悟り開ける場合もある。

悟りの条件は、強烈に実存がかかった悩みをもつこと、その悩みに対する執着が消え心が安らぎに満たされることだから。

2020年01月15日 18:16
でもやっぱり最終的な悟りは、我を根こそぎ引き抜く必要があるかも。

2020年01月15日 18:19
たとえば、北朝鮮に家族拉致された人が、家族に対する執着捨てても安らぎは得られるが、取り戻しても安らぎは得られるということ。
2020年01月15日 18:23
拉致された家族を取り戻すのもあきらめるのも、どっちも難しい。

しかし、それだけ全身全霊がかかった悩みを解決したときは安らぎがある。
みゅう
2020年01月16日 06:18
あ さん


日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
八正道
はっしょうどう
仏教を一貫する実践の徳目。八聖道とも書く。以下に記す8種の道をつねに守り行うことによって、悟りが得られ、理想の境地であるニルバーナ(涅槃(ねはん))に到達されると説く。
(1)正見(しょうけん) 正しい見解、人生観、世界観。
(2)正思(しょうし) 正しい思惟(しい)、意欲。
(3)正語(しょうご) 正しいことば。
(4)正業(しょうごう) 正しい行い、責任負担、主体的行為。
(5)正命(しょうみょう) 正しい生活。
(6)正精進(しょうしょうじん) 正しい努力、修養。
(7)正念(しょうねん) 正しい気遣い、思慮。
(8)正定(しょうじょう) 正しい精神統一、集注、禅定(ぜんじょう)。
 釈迦(しゃか)の教説のうち、おそらく最初にこの「八正道」が確立し、それに基づいて「四諦(したい)」説が成立すると、その第四の「道諦(どうたい)」(苦の滅を実現する道に関する真理)はかならず「八正道」を内容とした。逆にいえば、八正道から道諦へ、そして四諦説が導かれた。しかも八正道―四諦説は、後代の部派や大乗仏教においても、けっして変わることなく、出家・在家の別なく、仏教者の実践のあり方を指示して、今日に至る。[三枝充悳]

>苦はマジで八正道で消える^_^
これだけは確か^_^


みゅう語に翻訳させていただくと

「釈尊の教えといわれている八正道によって病的な”悩み”は解消されうると
(あ さんは)確信している。」

異議なし

地球人
2020年01月16日 11:32
悟らないと「正しい」が解らない。
2020年01月16日 12:11
八正道やれば迷いがない^_^

迷いがなければ苦も生じないと^_^

けどねーそれにはサイの角だっけ

強い意思が必要とされるんだよな^_^

2020年01月16日 12:13
有名な「犀の角のようにただ独り歩め」というフレーズは、ニーチェにも影響を与えた

これやな^_^
2020年01月16日 12:15
標題のことばは「サイの頭部にそそり立つ太い一本角のように、独りで自らの歩みを進めなさい」という意味です。インドサイは群れではなく単独で行動することが知られていますので、「犀の(一本)角」という比喩表現は「孤独」を意味します。このように仏教が孤独を勧める背景には「私たちの悩みは人間関係から起こる」との分析があります。つまり、悩みを生み出す原因が「人のつながり」にあるのなら、そこから一時的に離れてみることが心の成長に必要ということです。

ほほう^_^
2020年01月16日 12:18
皆んな世の中思い通りにると思ってるからね^_^

滅茶苦茶や^_^

地球人
2020年01月16日 13:07
犀の角の如く・・・個人の悟りです。
地球人
2020年01月19日 15:01
思い通りになるとは思ってないが・・

思い通りにしたい我欲がある。